知ってるつもりの知識確認。犯罪をしたらどうなるの?
第1 はじめに
皆さんは、ある人が犯罪をしたあとどうなるのか、ちゃんと説明できるだろうか?
適当にごまかして、なんとなく知ったつもりになってはいないだろうか?
前々から感じてはいたのだが、Twitterを中心とするSNS上では刑事手続に関する知識が曖昧なままに社会的な事件に対して意見を述べる人が多くいる。
その結果、別に怒らなくていいところに怒っていたり、怒りが的外れな方向に向かっていたりする光景をよく見る*1。
これは極めて不幸な事態だ。その怒りは徒労なのだから。せっかく怒るなら正しく怒り、そのエネルギーを表現や運動に結びつけるのがコストパフォーマンスというものなのではなかろうか。人間の感情エネルギーだって有限だ。無駄遣いしてる場合じゃない。
というか、その怒りは無益どころか有害だ。別に怒らなくていいところで怒りを撒き散らせば、その誤った怒りが拡散され、共有されてしまう。怒らなくていい怒りを抱える人が増えるのは社会的な損失だ。
話が少しばかり脱線したが、今回は知ってるつもりな刑事手続について解説する記事を書くことで、皆さんのニュースの読み方の助けにしてもらいたいという趣旨のものである。
第2 犯罪をしたらどうなる?
1.メディアによくある表現
それでは本題に入ろう。まずはメディアではどのような犯罪報道がされているかを確認していきたい。ちなみに筆者は日頃ニュースをよく見てツッコミを入れているので、それなりに現状を把握しているつもりだ。
犯罪報道でよくあるのは以下のパターンだ。
①逮捕
「A(犯罪)をした容疑で、B(場所)在住のC(名前)が逮捕されました。Cは容疑を認めているということです。」
②送検
「Aをした容疑で逮捕されたC容疑者が、本日身柄を検察に送られました。」
「Aに違反の疑いで、B在住のCを書類送検しました。」
③起訴
「Aをした容疑で逮捕されていたC容疑者が、今日起訴されました。」
④初公判
「Aをした容疑で起訴されていた被告人Cの初公判が行われ、Cは『間違いありません』と起訴事実を認めました。判決は○月☓日に言い渡されます。」
⑤判決
「Aをした容疑で起訴されていたCの裁判の判決が、今日ありました。裁判長は『社会的に重大な犯罪であって、Aの責任は極めて重い』とし、懲役1年6ヶ月の判決を言い渡しました。」
目にすることがあるのはこんなところだろうか。
レアケースとしては検察官の求刑を報道するケースもあるような。ともあれ、この程度だろう。
しかし、これらの報道はあまりにも不十分かつ不正確であって、刑事手続の知識のない一般人が見ても全体像を把握することはまず不可能だろう。
そこで、次は実際に行われている刑事手続の流れを確認していこう。
2.実際の刑事手続
刑事手続は逮捕を主とする身柄拘束を伴う場合とそうでない場合があるので分けてみていこう。
(1)身柄拘束がある場合
①犯罪事実の発生、警察による捜査活動の開始
②被疑者の逮捕(刑事訴訟法(以下、条数のみ示す)199条1項、210条1項、212条1項))★
③検察官送致(203条1項)★
④勾留の裁判(207条1項、60条1項)
⑤被疑者の勾留(207条5項)
⑥勾留延長(208条2項)
⑦起訴、不起訴の決定(247条、248条)★
・不起訴の場合
⑧不起訴処分(248条)★
⑨身柄の解放(98条1項)
・起訴の場合
⑧公訴提起(247条、248条、256条)★
⑨裁判
ⅰ冒頭手続(人定質問、起訴状朗読、黙秘権告知、罪状認否)★
ⅱ冒頭陳述(検察、弁護人)
ⅲ証拠調べ手続
ⅳ被告人質問
ⅴ論告・求刑
ⅵ最終弁論
ⅶ判決★
⑩判決の確定または控訴、上告
(2)身柄拘束がない場合
①犯罪事実の発生、警察による捜査活動の開始
②任意での捜査、取調べ(198条1項)
③検察官送致★
︙
以下、身柄拘束がある場合と同じ
3.比べてみる
いかがだろうか?報道機関の報道で報じられるものには★をつけておいた。
刑事手続はこんな感じの流れで行われている。
続いて、★のついたものを中心に解説していこう。
(1)容疑者と被疑者、被告人
昨日の記事でも解説したが、刑事訴訟法に「容疑者」という言葉はない。
捜査段階、つまり起訴され裁判にかけられるまでは、犯人だと思われる人物のことは「被疑者」という。
そして「被疑者」が起訴されると「被告人」と呼ばれるようになる*2
(2)逮捕
同じく昨日の記事でも解説したが、逮捕は逃亡または罪証隠滅のおそれがある被疑者の身柄を一時的(最大3日間、72時間)に拘束しておく措置である。
逮捕それ自体は処罰や刑罰やおしおきのようなものではない。
(3)送検、検察官送致
ニュースで「書類送検」という言葉を耳にしたことはあるだろう。しかしその意味まで正確に理解している人はそう多くないのではないだろうか。
正しくは「検察官送致」という手続きだ。
刑事事件の捜査はまず警察が行い、証拠や資料を集める。しかし、警察が裁判にかけるかどうかを決めるわけではない。それは検察官の役目だ。
そこで、検察官にこの被疑者を裁判にかけるかどうか判断させるため、警察が集めた証拠や資料を送ることになる。
この、事件の証拠資料を検察官に送ることを「検察官送致」というのだ。この証拠資料にはもちろん被疑者自身も含まれる。なので、送検されると検察官から取り調べを受けることになる。
つまり、書類送検というのは、被疑者が逮捕されていない事件の資料を警察が検察官に送ることを指す。
(4)勾留
ニュースでは逮捕とひっくるめて扱われているのが勾留という措置だ。勾留も逮捕と同じく警察に身柄を拘束される措置だ。
逮捕は最大72時間の身柄拘束だが、それに引き続く勾留は最大20日間に渡って拘束されることになる。
勾留も逮捕と同様に逃亡と罪証隠滅を防止して事件の捜査をすすめるための措置である。
(5)起訴(公訴提起)
検察官が、ある事件、被疑者について裁判をすべきと判断することを起訴という。正確には公訴の提起という。
被疑者が逮捕、勾留されている場合、逮捕されたときから合計23日以内に起訴するかしないかを決めなければならない。
この手続を境に被疑者は被告人と呼ばれることになる。
(6)不起訴
検察官が、ある事件、被疑者について裁判をしなくてよいと判断することをいう。法律に規定があるわけではないが、不起訴の理由によって起訴猶予、処分保留、嫌疑不十分などに分けられる。
起訴するかしないかは検察官に広い裁量、つまり判断の自由が与えられているので、例えば犯罪の嫌疑が濃厚だったとしても、軽微な事件の初犯でとても反省しているし弁償もしているという場合、起訴猶予として不起訴にすることができる。
また、被害者との間で示談が成立している場合にも処分保留で不起訴とされることが多い。被害者が納得しており処罰を望まないのであれば、無理に裁判する労力は削減しよう、というわけである*3
実は、不起訴となるケースはとても多い。
犯罪白書(平成29年版 犯罪白書 第2編/第2章/第3節)によれば、検察官送致されたうち、起訴されたのが7.8%なのに対し、実に62.8%が不起訴処分なのだ。
起訴に略式命令を含めても31.4%なので、圧倒的に不起訴が多い。
(7)裁判
被告人が公開の法廷で、起訴されることとなった事実が存在するかしないかを調べ、判断し、刑罰を決定する司法作用が裁判である。
某逆転裁判のように1日で終わったりしないし、真犯人を探したりしない。
あくまで被告人がその犯罪事実をやったのかどうかを、証拠に照らして判断する手続きだ。「異議あり!」はたまに出る。
(8)判決
裁判の最終結果が判決である。この判決が確定することで、刑罰が確定する。
逆からいえば、有罪判決が確定するまでは「被告人はシロ」である。犯罪者扱いされるいわれはない。有罪判決が確定した時点で初めてクロになるのである。これが有名な「無罪推定の原則」である*4
(EX)保釈
勾留されている最中に身柄拘束をしている必要がなくなった場合、そのまま勾留し続けるのはどうかしている。そこで認められているのが保釈という制度である。
勾留の理由、必要がなくなった場合には、勾留の期間中であっても途中で勾留を打ち切り、出てくることができる。
今話題のカルロス・ゴーン氏のはこれである。
ゴーン氏は起訴された後も捜査を継続されているそうだが、検察が起訴したということは、裁判に必要な証拠は集めたということである。そうだとすれば、すでに証拠を集めたのに、ゴーン氏が隠滅できる証拠とは一体なんだろうか?という疑念が湧くはずだ。そういうことで保釈が認められ、外に出てきたのである。
ただし、保釈は無条件に認められるわけではない。保釈保証金を預けなければならない。保釈保証金はその人ごとに金額が異なる。収入などによって裁判所に決められる。
保釈保証金は「逃亡しないでちゃんと裁判の日には出頭するんだよ!」という心理的強制をかけるものなので、ちゃんとすべての裁判に出頭すれば返してもらえる。逃げると全部持ってかれる。ゴーン氏なら15億円没収である。
第3 まとめ
ここまでかなり長くなってしまったが、これでもかなり省略している。
読者の方にはおわかりいただけていると思うが、報道機関による伝え方では、刑事手続が何をやっていてどんな意味のある行為なのか、正確に伝わっていないことがわかるのではないだろうか。
4月19日に発生した池袋の交通死亡事故では被疑者が逮捕されず、任意での捜査が行われる見込みだとの報道がなされた結果、一部の人々*5が怒り狂い、「上級国民」許すまじとの潮流が形成され激しく燃え上がった*6。
しかし、この記事で述べた刑事手続の流れを理解していれば、決しておかしなことではないとわかってもらえるだろう。
逮捕されるかどうかは起訴されるかどうか、有罪となるかどうかには一切関係がないのだ。
裁判の傍聴にいくと稀に見られる光景なのだが、判決の言い渡しをされる裁判の日に、身柄拘束されていない被告人が大きなバッグを持って裁判に出席することがある。この大きなバッグの中には主に着替えが入っている。
この光景、身柄拘束はされていないものの実刑判決が下されることが濃厚な場合に見られる。有罪判決が下された場合、即時執行され、裁判所からまっすぐ拘置所、そして刑務所へ向かうこととなるからだ。
これで分かる通り、判決前の身柄拘束と判決の有罪無罪はまったく関係がない。
池袋の件の被疑者は今後、任意での警察、検察からの取り調べや実況見分への立会い、その他の捜査への協力、裁判所への出頭が求められることになるだろう。
そして今回のケースでは、まず間違いなく正式な裁判がなされることになる*7。
どのような判決が下されるかは証拠によらねばわからないが、そこで適切な*8判断が下されることになるだろう。
読者のみなさんにおかれては、正しい刑事手続きの知識のひとかけらを頭の片隅に置いておいて、どうか冷静にニュースを見て考えるようになってもらいたい。
以上